2017/03/16 00:00 .

パレ・ロワイヤル、調べ中

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天井が信じられないくらい高いのよね。
今日はここまで。これから色塗る。




門は写真参考。うっかり電気ランプにするとこだった、危ない危ない。
オイルランプかろうそくか迷うけど、とりあえずろうそくで。

そうすっと、こう長い棒で、吊るされたフックにランプをかける感じで、
火の管理をしていたのではなかろうか。
いちいちハシゴはないよね。そう判断して、フックも描き足す。
ランプはオイル式や電気でないなら、下の厚みは不要。
ろうそく固定台があればいいだけなはず。


…ということで、いろいろ昔の絵を参考にしたりしながら、描き足していく。


衣装がまた悩みどころ。
革命前と後で、みんなの衣装がガラっと変わっちゃうみたいなんだよね。
だから上の絵は、革命後の衣装かもしんない。

男は帽子の形とか、半ズボンはまだいるけど、カツラ頭は消える。上着が違う?
女はワイヤー入った膨らんだスカートの、いわゆるロココの衣装から、
ピラピラした白くて薄い下着ファッションに。
寒くても我慢した若い娘たちが、肺炎で死んだらしい、あれ。





Lost Paris: A Night at the Palais-Royal
http://cultureandstuff.com/2011/07/01/lost-paris-a-night-at-the-palais-royal/

ここのサイトを無理矢理google先生に訳させてみた。
当時の紀行文?か、現代の小説?か、わかんないけど、ちょぼちょぼ抜粋。

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1786年の7月の夜です。
あなたは初めてパリを訪れています。高齢の叔母と一緒に。

あなたは有名なパリジャンの一つに会いたいと思っています。
おそらく完全な詳細を提供するガイド、
あなたの予算とあなたの傾向に合った少女を見つけて、対応するカフェ、
その日の有名人としてドレスアップする女の子、
特にオペラのスターと女優、
誰でもあなたを裁くことはまずありません。
1日のうちにパリには2000人の売春婦が見つかり、安定した顧客層があります。
パリの大部分の男性はおそらく、ある時に耽溺していたでしょう。

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まぁテキトーに調べてみて、ざくっと分かるのは、
出版が大流行りして、ガイドブックも売られていたということ。

メインは過激な政治的主張の小冊子や新聞で、
20冊中、19冊は自由を称え、貴族を攻撃する。

パリの住宅事情は非常に悪く、使用人たちは貴族宅の屋根裏部屋とかに住んでるから、
夏暑く、冬寒く、堪えかねて、
みんな街の喫茶店とかで時間をつぶす。

そんで弁士が机や椅子の上に立ち上がって、
自分の主張を展開するんだけど、
だんだん刺激的な言葉が増えていくのを、毎日聞いている感じ。

そりゃぁ、染まっていくわぁ。
王や王妃に牢屋で会った庶民が、
本に書かれたほどひどい人じゃなくて、びっくりしたって話もある。

パレ・ロワイヤルは、基本的にショッピングモールだから、
買い物客、観光客、一攫千金あてようの輩のほか、陳情お上りさん、
毎日1万人も押し寄せ、一日中騒乱状態だった。

ちなみに当時のベルサイユの人口は6~7万、パリは60万人。


…らしいよ。(・´з`・)
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